トマティーナの始まりと町の協力体制

こんにちは。世界を旅する栄養士たけひろです。
2016年のトマティーナに参加してきました。
トマティーナの参加レポートと意外だった感想は前回書いてみたのでそちらもどうぞ(^^)

そして、今回はこのクレイジーなお祭りがどうして生まれたのか、どんな意味があるのか、町の人達がどう思っているのかを書いてみようと思います!


目次
トマティーナの始まり
トマティーナの歴史
参加してみて感じたスペインという国の国民性

ブログの応援をよろしくお願いします(^^)





トマティーナの始まり


Pasted Graphic 3のコピー
お祭りというと日本では豊作や神様へのお祈りから始まり、それがずっと続いて現代まで続いてきたものが多いですよね。
では、トマティーナの始まりはどんなものだったのか。
気になったので調べてみると、スペインらしい意外なものでした。

1940年頃ブニョールの町角で若者グループ同士がケンカをしていたそうです。そのとき若者の一人が近くの八百屋のトマトを投げつけたのが発祥だそう。
このグループはまた次の年に同じメンバーで、次は自宅からトマトを持ち寄りトマトバトルをしました。
これが毎年恒例になりトマティーナがお祭りになったようです。

諸説あるみたいですが、これが一番有力ないわれ。笑

元々はケンカから始まったこのお祭り。
なんとアホらしいいわれでしょうか。笑



トマティーナの歴史


Pasted Graphic 4のコピー
しかし、このトマトバトルは二度も禁止にされました。
初めは1951年、年々過激になるトマトバトルを禁止し、強行しようとした人々が逮捕されます。
しかし、これに近隣住民が猛抗議。
結局、捕まった人は釈放され、翌年から再びトマトバトルが行われます。
そして、1957年再び禁止されるのですが、ブニョールの人々は諦めず、「トマトの儀式」という名目でトマトを棺桶いっぱいに詰めて祭りの禁止に抗議したそうです。

1959年に、ブニョールはトマティーナのルールを定め、祭りは国際的なものになっていき、それまで参加者が各々トマトを持ち寄って投げ合っていたが、1975年からは投げられるトマトもブニョールが用意するようになります。

トマトで町が真っ赤に染まって、町の人達も大変だなと思っていたのですが、ブニョールの人たちが率先してお祭りを推し進めていたみたいです。
これもなんだかスペインらしい話ですね。



スペインという国の国民性


Pasted Graphic 6のコピー
すでに70年以上続いているトマト祭りは意外としょうもない理由で始まり、2度も禁止されながらも今もこうしてバカ騒ぎをしています。
スペイン人というと愉快なイメージを持ちますが、まさにこのお祭りはスペイン人の国民性を語るのにもってこい何じゃないかなと思いました。
面白いことに全力を注ぐスペイン人もこのトマティーナというお祭りも最高ですね。



ブログランキング参加中です!!
↓↓↓↓↓↓↓↓↓



さて、トマティーナについてたくさん書きましたが、次回からは再びスペインの旅に戻ろうと思います(^^)

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント